logo logo
この連載は、書籍「写真解説講道館投技」からの抜粋です。(著:醍醐敏郎十段、演技 取:仙石常雄八段、受:佐藤正八段 )

8.浮腰(うきごし)<腰技>

「浮腰」は、取は、受をその真前、又は右(左)前隅に崩し、右(左)腕を受の左(右)腋下から差し入れて、受の後ろ腰を抱きよせ、右(左)後ろ腰を支点として捻って投げる技です。

その1 受が右足を退いた瞬間、右足から踏み込んで腰を抱える「浮腰」
 取、受互いに右自然体で組む。

 取は、右足、左足を退いて受を引き出してその前方へ崩そうとしてとまる。受は引かれて左足、右足をすすめて踏みとどまる。

 この機に取は、両手の引きを緩めると、受は、右足を退いて元の安定した体勢に復そうとする。

 受が右足を退き始めたとき、取は、右足を受の右足の内側へ踏み込みながら、受が右足を畳につこうとした瞬間、左手で受の右袖を右外側へ開くように引き上げ、右手は釣り込めば、受は、右足に体重を移すことができずに、両足爪先に体重がのり、浮き上って真前へ崩れる。(写真1)


(写真1)
 この一瞬、取は、右肩を下げて上体を反らせ、右腕を受の左腋下から後ろ帯にそわせて深く差し入れ、受の後ろ腰を抱えながら右足を軸にして体を左に開き、左足を回して退くと同時に、右手で受の体を抱きよせ、左手を左胸部に引きつけ、右後ろ腰を受の前腰(下腹部)にあてる。

 このときの取の体勢は、右足は受の右足の内側、左足は受の左足の外側に位置し、右脚は自然に伸ばし、左脚は僅かに曲げる。そして上体を反らせ(前屈させない)、右腕は、受の右腰のあたりまで深く差し入れて抱え、右腋から右背部、右後ろ腰までを、受の前面に密着させる。(写真2、3、4)

 取は、右手で受の後ろ腰をさらに引きつけ、体重を前にかけて受の体を浮し上げ、体を左に捻り、右腰を支点として投げ倒す。

(左から写真2,3,4)
応用の技法

(1)『投の形』の「浮腰」(講道館・解説書より)

 取、受互いに歩み寄り約1.8メートル(八尺)の間合いに入り、

 受は、左足を一歩前に踏み出しながら、右拳を頭上にふりかぶり、さらに、右足を踏み出し、右拳(渦巻)で真っ向から取の天倒に打ちかかる。

 取は、この機を利用し、受の体前に左足、右足と入身して、受の拳を後ろにはずすと同時に、左肩を下げ、体をやや反らし、左腕を受の右腋下から深く後ろ帯に添うて当て、受の体を左腰に引きよせながら密着させて真前に崩し、右手で受の左外中袖をとり、一気に体を右に捻って投げる。(写真5)

(写真5)

 「投の形」は、取は、受が打ちかかってきたのをかわし、受の体勢が前に崩れた瞬間に、「浮腰」で投げる理合いである。

(2)『極の形』の「摺上」(講道館・解説書より)

 取、受互いに約一歩の間合いで相対する。受は、右足を僅かに進めながら、気合いとともに、右五指を伸ばし、右掌で取の前額部を摺り上げていく。

 取は、上体を反らし、左前腕(内旋させる)で、この右腕の肘関節あたりを下から受け流し、同時に、気合いとともに、右拳(甲が下)で受の水月に当て、直ちに左足、右足を踏み込んで左浮腰で投げる。

『極の形』は、受が取の前額部を摺り上げてきたとき、これをかわしながら当て身を当てて、「浮腰」で投げて制する理合いである。

(3)『柔の形』の「片手取」「帯取」「両眼突」

 受が取の手首を握る。・・・・・「片手取」
 受が両手を交差して取の前帯をとろうとする。・・・・・「帯取」
 受が指先で、取の両眼を突いてくる。・・・・・「両眼突」

 前記の受のそれぞれの攻撃を、取は、かわしながら受の体勢を巧みに"作って"最後に、「浮腰」で制する理合いである。ただし、形は、受の両脚を高く挙げさせるため、「大腰」の形をとっている。
(詳しくは『柔の形』解説書参照)

その2 「浮腰」と「大腰」の違い
  • 受の体を抱えたときの体勢の違い

     「浮腰」・・・・・取は、右後ろ腰を受の前腰(下腹部)に、上体を反そらせてあてる。したがって、取の右足は、受の右足の内側に、左足は、受の左足の外側に位置し、右脚は伸ばし、左膝はやや曲げる。(写真6)

     「大腰」・・・・・取は、後ろ腰を受の前腰にあて、両足は受の両足の内側に位置し、両膝を深く曲げる。  

  • 投げる理合いの違い

     「浮腰」・・・・・取は、右後ろ腰を支点として捻って投げる。

     「大腰」・・・・・両膝を伸ばして腰を上げ、受の体を抜き上げて投げる。

     以上のように、この二つの技の形は非常に類似しているが、技の理合いは全く異なるので、技名称を判断する場合は、この相違点に注意する必要がある。一般的にみて「浮腰」は少なく、「大腰」となる場合が多い。


  • (写真6)


    嘉納師範と「浮腰」
    「浮腰」は、師範が最も得意としていた技であった、と伝えられている。師範の「浮腰」について、いくつかの挿話が残されている。『講道館發達史』(『柔道』大正4年1月号〜大正6年10月号・13回連載・黒頭巾)に、師範の激しい稽古の模様が記されている。

     石黒敬七八段は、『柔道・其の本質と方法』(昭和17年・旺文社)の中で、師範の「浮腰」の鋭い技の妙について触れている。

     昭和16年の暮、南米ブラジルで客死された先輩、コンデコマ、前田光世氏(贈七段)の自記の中にも、この師範の浮腰に言及している。曰く、

     「嘉納先生の妙技に至っては、僕は投げられて快感を覚え、感極って嘆息したことがある。就中、腰技中の浮腰、これこそ技、神に入ると云ふのだろう。先生の浮腰は、針先で突いた位の接触を感ずると、もう投げられている。何うして投げられたか解らない」

     また、平間長市八段は、師範に「浮腰」で投げられた体験を述べている。

    嘉納師範「浮腰」の技法

     東京高等師範学校道場前の仮設道場で、師範が、得意の「浮腰」を解説をされている貴重なフィルムが、講道館に保管されている。この映画が撮影されたのは、昭和5年ごろと思われる。

      次の写真は、そのフィルムの一コマを引き伸ばしたものである。師範の「浮腰」の技法を理解するうえに参考となろう。写真の受は、山下義韶十段である。

     師範が「浮腰」を解説したものには、『柔道教本』(嘉納治五郎・昭和6年9月・堀書店』があるので、あわせて紹介する。

      注・原本は、右「浮腰」の解説であるが、写真にあわせては左技とした。


     受、取共、最初自然本体で対立し、それから双方、左自然体に組み、取は体を左に開きながら、右横襟を握っている左手で、襟を同じ方向に引く。すると受の体が傾くから、その姿勢を取返そうとして、右足と共に体を前に出して来る。

      注・組みぎわに、左手で受の右袖を引いて、その右足を引き出し、入違いに左足を踏み込みながら、左手を受の右腋下に差し入れて腰を抱える技法である。


     その時、取は、襟を握って居る左手を、帯に添うてなるべく深く受の後に廻し、体を反らし、後左横で対手の腹の辺を押すようにし、左肩はなるべく低く、左膝はなるべく余計に曲げぬようにして腰を入れる。受は袖を握っている手を放し、取に技を掛け易くさせる(この場合は、技を覚えさせるためであって、試合をするのでないから)。受は、押されて押し返そうとする。取は、それに順応して、尚、帯に当てた手で受の体を自分の方に押しつけると、受の両踵が少し上がり、体が取の腰の上に乗掛って来る。

     その時、体を前に曲げず、右の方に捩りながら、袖を握っている右手も同じ方向に強く引く。そうすると受は投げ倒されるのである。(後略)  
                 (道場指導部長 醍醐 敏郎)

                 写真 取 七段 仙石 常雄
                    受 七段 佐藤  正