平成16年全日本柔道選手権大会観戦記



平成16年 全日本柔道選手権大会は、好天に恵まれた4月29日(みどりの日)、日本武道館において盛大に開催された。この日、発表された入場者人数は、約15,000人。2階自由席に多くの立ち見の観客がでる盛況ぶりは、ロサンゼルスオリンピック最終選考会を兼ねた昭和59年(1984年)大会時、山下泰裕(現・全日本柔道連盟男子強化部長)、齋藤仁(現・全日本柔道連盟男子強化ヘッドコーチ)の両雄対決以来のことであった。

今大会は、参加38名中、18名が初出場ということもあってか、序盤戦こそ、やや硬さの目立った試合が多かったものの、終わってみれば、全37試合中23試合が一本勝という素晴らしい内容であった。そこには、全日本選手権ならではの、勝敗だけにこだわらない、力と技による真っ向勝負の伝統が、脈々と受け継がれており、全日本選手権の大きな魅力を再認識させるものであった。

アテネオリンピック最終選考会を兼ねた本大会は、昨年の大阪世界選手権で優勝した、井上康生5段(綜合警備保障・100Kg級・全日本選手権3連覇中)・棟田康幸4段(警視庁・100Kg超級)・鈴木桂治4段(平成管財・無差別級)による代表争いに加え、19才の穴井隆将3段(天理大学)をはじめとした新進気鋭の選手達が、どんな戦いぶりを見せるかが注目された。三強の一角、棟田選手は、初戦、筒井宏樹4段(平成管財)に支釣込足一本で快勝したものの、3回戦・4回戦と体格差のある相手に手こずり、苦戦を強いられた末での準決勝進出となった。それとは対照的に鈴木選手は、初戦こそ先日の全日本選抜体重別大会100Kg超級で、棟田選手を指導3で破り優勝した生田秀和4段との対戦となり、緊迫した試合展開となったが、終盤、一瞬のチャンスをものにして、腕挫十字固で一本勝した。この試合で波に乗った鈴木選手は、3回戦では、選抜体重別90Kg級優勝の飛塚雅俊4段(了徳寺学園)を内股で一蹴し、4回戦でも、90Kg級アテネオリンピック代表の泉浩3段(明治大学)を払腰で、宙を舞わせ、勢いをつけての準決勝進出となった。事実上の代表決定戦となった準決勝は、それまでの戦いぶりがそのまま試合内容に影響した展開となった。身長差に加え、足技を警戒してなかなか技を出せない棟田選手に対し、自分の組み手になり、足技を中心に思い切った技を仕掛ける鈴木選手、技によるポイントこそ奪えなかったものの勝敗は明らかであった。

もう一つのブロックは、準決勝に井上選手と森大助4段(北海道警察)が勝ち上がり、昨年と同カードの対戦となった。森選手は、初戦から準決勝までの3試合を内股・小外刈・内股とすべて一本勝。素晴らしい戦いぶりであった。一方、先日の選抜体重別100Kgで優勝し、アテネオリンピックの代表権をほぼ手中にし、4連覇をかけて本大会に臨んだ井上選手であったが、痛めていた膝の影響か、本来の力を出せない試合の連続であった。それは、初戦の淺野宗樹5段(京都府警)戦に特に強く表れ、6分間、内股・大外刈を中心に終始攻め続けたものの、踏み込みが甘く、結局投げることができないまま反則による優勢勝。試合終了後、肩で息をする井上選手に、研究されつくし思うような柔道ができない中でも、勝ち続けなければならないディフェンディングチャンピオンの苦しさを強く感じた。3回戦・4回戦は何とか一本勝ちしたものの、準決勝の森選手とは互角の戦いの末、終盤、何とか内股有効から横四方固に抑え込み辛勝した。

決勝戦、昨年と同じ顔合わせではあったが、対戦する両者の心理状態は、大きく違っていた。昨年、選抜体重別で鈴木選手に敗れ、挑戦者として全日本選手権決勝の舞台に立った井上選手、その獲物をねらうような眼光の鋭さは印象的であった。しかし、今年は全日本選手権大会と全日本選抜体重別大会両方のチャンピオンとして迎え撃つ側となり、そこにあの鋭さは感じられなかった。逆に、鈴木選手は、昨年の決勝での一本負と先日の選抜体重別での不覚を胸に、初心に戻って臨んだ決勝戦であった。柔道は、日頃の稽古で培った技と力をすべて出しきり競い合うものである。井上・鈴木の両雄は、これまでの対戦を大きな糧として互いを高めてきた。現在、二人の技術は、間違いなく世界の最高峰にあるといえる。その位置まで登りつめた二人の勝敗を分けるもの、やはりそれは、精神力以外の何物でもなかった。わずかな気持ちの差が、明暗を分けた。決して判定など狙わず、互いに一本を取りに行き、力を出し尽くした決勝戦、繰り出す一つ一つの技に、両者のこれまでの苦悩とそれを乗り越える為の、すさまじい稽古の様子が思い起こされる素晴らしい決勝戦であった。勝負は、終盤疲れの見えた井上選手に注意が与えられ、そのまま時間となり、鈴木選手が初優勝を果たした。最後まで挑戦者としての態度を崩さず、攻め続けた鈴木選手の姿勢は、新チャンピオンにふさわしい風格にあふれていた。「勝負に勝つ」ということは、とても大切なことである。しかし、負けた時こそが人を大きく成長させるチャンスでもある。世界最高の柔道家が、互いの戦いの中で、特に敗戦を糧に成長して行く。その真摯な姿は、人々に感動を与え、レベルの違いはあっても同じように悩みながら柔道を学んでいる子供達にとって大きな目標となるだろう。

大会途中、山下泰裕IJF教育コーチング理事が、「柔道ルネッサンス活動」の話の中で語っていた。「私たちは、世界最強の柔道家ではなく、競技力に合わせて人間的魅力も兼ね備えた『世界最高の柔道家』を育てていかなければならない」という言葉が胸を打った。鈴木選手や井上選手は、今まさに、『世界最高の柔道家』を目指している。彼らの生き様を良い教科書とできる今こそ、時代を担う『世界最高の柔道家』を目指す子供達を、私たち柔道に携わる者みんなで力を合わせて、育てていかなければならない。

1984年、全日本選手権で決勝戦を競い合った二人は、その年のロサンゼルスオリンピックにおいて齋藤選手が95Kg超級、山下選手が無差別級で見事な優勝を遂げている。今年のアテネオリンピックでも、鈴木・井上の両選手が、それぞれの階級で『世界最高の柔道家』となってくれることを心より願っている。

道場指導部 M.M