平成15年全日本柔道選手権大会観戦記



平成15年 全日本柔道選手権大会は初夏を思わせる陽気の中、会場の東京・日本武道館に1万3000人を越える大観衆を集め、盛大に開催された。

今年9月に大阪で行われる世界柔道選手権の無差別代表選考を兼ねた今大会であったが、決勝は全日本3連覇に加え世界選手権無差別の出場権を手にし本当の意味での世界一への挑戦を目指す、井上康生5段(綜合警備保障)と4月6日の全日本選抜体重別選手権大会(福岡)100Kg級決勝で、井上を破りながら世界選手権代表の座を逃し、無差別代表に執念を燃やす鈴木桂治4段(平成管財)の夢の対決が実現した。
互いに、超重量の選手を次々に撃破しての決勝進出であったが、特に鈴木選手の集中力は素晴らしかった。初戦となった2回戦では、関東チャンピオンの生田秀和4段(綜合警備保障)を得意の2段小外刈で有効を奪い、すかさず横四方固に抑え込んで一本勝。3回戦では、100Kg超級の世界選手権代表 棟田康幸3段(警視庁)を足技で翻弄し、3−0の判定で優勢勝。準々決勝では、向川 肇3段(中央競馬会)から小内刈から出足払の素晴らしい連絡技で見事な一本を奪った。準決勝では、全日本3連覇、世界の舞台でも一時代を築き今大会を最後に引退する篠原信一5段(天理大学教員)を息づまる熱戦の末、2−1の僅少差で退けた。
2回戦 鈴木−生田 3回戦 鈴木−棟田 準決勝 鈴木−篠原
 
一方、井上選手は、2回戦の村元辰寛4段(旭化成)3回戦の市ノ渡秀一4段(平成管財)戦では、本来の動きと技の切れは全く見られず、手数で攻勢点を稼ぎ何とか勝ちあがった。ディフェンディングチャンピオンの苦しみが現れた序盤戦であったが、準々決勝以降、久々に受けたという父親の檄と目の前で展開するライバル鈴木の闘志あふれる戦いが、眠っていた井上の勇気を呼び起こした。そこからの戦いは明らかに変化していった、準々決勝では、体重152Kgの巨漢、高山一樹4段(警視庁)を見事な大内刈で一蹴し、準決勝では、森 大助4段(北海道警察)に開始早々、内股を返され技有を奪われながらも攻め続け、最後はタイミングの良い背負投で一本勝した。
3回戦 井上−市ノ渡 準々決勝 井上−高山 準決勝 井上−森
 
そして迎えた決勝戦、けんか四つの組み手の両者、鈴木は井上の釣り手を制し足技で牽制する。釣り手の動きを封じられ思うように動けない井上、再三内股を仕掛けるもののうまく捌かれる。鈴木やや優勢で迎えた3分5秒、井上の釣り手が輝きを取り戻した一瞬の出来事であった。瞬間危険を察知し、重心を下げた鈴木であったが、井上の乾坤一擲の内股を防ぐことはできず、低い弾道ではあったが見事に宙を舞い、無念の一本負となった。 重圧をはねのけ、苦しみながらも徐々に調子をあげ、最強最大のライバルである鈴木に小細工で勝ちに行くのではなく、あくまでも一本を取りに行き得意技の内股一本で勝負をつけた井上の精神力は驚嘆の一語である。「ガッツポーズは絶対にしない」と心に誓いながらも、自然に出てしまった喜びの表現も理解できる。また、インタビューを受けながら涙で声を詰まらせる偉大なチャンピオンの姿に、人間的な弱さを持ちながらも絶えず、その己自身の弱さに挑戦し続けている姿が感じられ、見る者すべてに感動を与えてくれた。
決勝 井上−鈴木
 
平成15年 全日本柔道選手権大会、改めて柔道の魅力を再認識させてくれた大会であった。お互いがお互いの力を認め合い、正々堂々と真っ向から勝負し、一本を取り合う柔道の美しさを、私たちは忘れてはならない。どんなに時代が変わろうと世界の競技柔道がどんな方向に向かおうと、「柔道本来の姿の素晴らしさ」を私たちは受け継いでいかなければならない。
講道館 M. M