

JOCの公式選手団の情報は、各メディアを通じて、多く流されています。
このページでは、正選手団を側面からとらえ、それを支える人々の様子なども
お伝えしたいと思います。
JOC日本選手団(柔道競技)は、総勢26名、藤田弘明団長を中心に8人のコーチとドクター・トレーナーそして選手14名です。
7/13 (土)
選手団、オリンピックビレッジ入村
(本村と分村に分かれたが、とにかく広く、慣れるまで、移動が難しかった。)
7/14 (日)
調整練習 (1)(公開取材日)
旅の疲れもみせず、選手は、元気一杯の調整練習を行った。公開取材日ということで、多くの報道陣が集まり、まるで試合会場のような雰囲気の中であったが、選手の集中力は、周囲を驚かせるほどで、約2時間ほどの練習となった。
- 練習場所
スポーティングクラブ(丸紅アメリカ所有)
丸紅アメリカの好意により、エアロビクス場を貸し切り、140畳の畳を敷き詰め、練習場として使用。同時に、他施設(トレーニングジム、プール・バスケット・スカッシュ・サウナ等の利用も契約時間内は、自由という素晴らしい調整環境を準備することができた。
- 畳
試合で使われるものと同じ畳をレンタルし、使用したが、非常に滑りやすく、慣れるまでは、足を取られる場面も見られた。
- 食事
栄養面・減量等・練習場近くの橋口レストラン”の協力により、栄養サポートスタッフとの打ち合わせを重ねながら、順調な栄養補給を行う。
7/15 (月) 〜19 (金)
調整練習 (2), (3), (4), (5), (6)
選手個々に休養日を入れながら、連日、調整練習が行われた。大会前の緊張感からか、精神面で不安定になる選手、練習のしすぎで疲れを残す選手も見られたが、的確なリラクゼーションにより、各選手とも順調な仕上がりを見せた。
*7/18 20日の競技初日を前に、各階級の抽選が行われた。女子72kg超級において最初の抽選で、インド選手の名前が漏れるという不手際があり、再抽選となったが、無事全抽選を終了した。
第1回目の抽選は、日本代表の阿武に有利な組み合わせだっただけに、不手際が悔やまれる。
7/20(土)競技初日(95kg超級、72kg超級)
95kg超級 小川直也
競技生活の集大成としてオリンピックにのぞんだ。特に準決勝の昨年の世界
チャンピオン、ドゥィエ(フランス)との試合ではすばらしい気迫を見せた。先
に有効を取られながらも、最後まであきらめず攻め続けた姿勢には感動を覚え
た。
72kg超級 阿武教子
順調な仕上がりを見せた阿武であったが、苦手なタイプであるダシルバ(ブラ
ジル)との対戦に過緊張も重なり、いつものような動きが見られなかった。調
子は良かっただけに残念。
7/21(日)競技2日目(95kg級、72kg級)
95kg級 中村佳央
中村3兄弟のトップバッターとして登場した長兄、準々決勝でトレノー(フラ
ンス)の朽木倒に不覚をとり一本負。敗者復活3回戦では、気持ちを切り換え優勢に試合を進めたが、不本意な反則をとられ、惜しくも判定負となる。
72kg級 田辺陽子
膝の怪我の為、試合出場さえもあやぶまれた田辺であったが、練習不足を強靭
な精神力とトレーニングで補い、試合にのぞんだ。
試合では、怪我を感じさせない強気の攻めを見せ、決勝のウェルブルック戦でも
終始前に出て攻め続けた。結果こそ一本負に終わったが、これまでの多くの
決勝戦の中でも最高の試合であった。
7/22(月)競技3日目(86kg級、66kg級)
86kg級 吉田秀彦
スロースターターの吉田にとって、苦手クロイトフ(ルーマニア)との1回戦は
不運であった。内股を狙い、体が伸びたところに、タイミングの良い小外掛けを
あわせられ、一本負となる。
3位決定戦では、組手争いの際に肘を痛め、本来の力を出せないまま、判定負。悔いの残る試合となった。
66kg級 一見理沙
1回戦、ツサコワ(チェコ)に得意の寝技で一本勝し、好調な滑り出しを見せ
た一見であったが、2回戦、ウー(台湾)に対しては開始早々はなった大外刈り
を見事に返され、一本負となった。オリンピック前に中学時代の恩師から
「天井を見る勇気を持て」といわれ、それを実践した一見、一本負してもこ
の積極性は、必ず今後に生きてくるであろう。
7/23(火)競技4日目(78kg級、61kg級)
78kg級 古賀稔彦
練習不足が懸念されていたが、気迫あふれる試合を展開した。準決勝の韓国戦
では、ポイントリードした後半、追い込まれたものの、しぶとく接戦をものにし
た。決勝ではフランス選手に技を封じられ、反則ポイントを取り合った末の判
定負となった。試合後、アップ場に戻り深く頭を下げた姿に、背負ったもの
の重さが感じられた。
61kg級 恵本裕子
一回戦から、強敵揃いの組合せとなった恵本であったが、強気の攻めで次々と過
去の世界チャンピオンらを打ち破った。その勢いはとどまるところを知らず、決
勝でも、バンテカバエ(ベルギー)を内股一本で撃破した。
「信じられないー」と叫びながら、セコンドの河野コーチの胸に飛び込んだ恵
本、その横には、彼女のコメントのように神がいたのかもしれない。
7/24(水)競技5日目(71kg級、56kg級)
71kg級 中村兼三
減量で苦しんだものの、最高の仕上がりを見せた兼三は、連続の一本勝で勝ち
進んだ。決勝ではきわどい判定であったが、コツコツと地味ながら努力してき
たその成果を充分に発揮し、勝利をおさめた。普段は、あまり感情を表に出さない顔に浮
かんだ笑顔は、生涯最高のものとなった。
56kg級 溝口紀子
闘志をむき出しにして、攻めに攻める柔道。1回戦、2回戦を順調に勝ち進んだ
溝口であったが、3回戦のチョン(韓国)戦では、ポイントを先行され、その後
の猛攻も一歩及ばなかった。惜しむらくは、その後の気持ちの切り換えがうま
く行かず、敗復戦でも敗退した点が、悔やまれる。
7/25(木)競技6日目(65kg級、52kg級)
65kg級 中村行成
兼三、金メダルの後を受け、行成も一本勝を連ね、快調に勝ち進んだ。
決勝戦では、終盤の小内刈で腹這いになった以外は、終始中村のペースであったが、1-
2の判定で惜敗、実力は世界一ながら、力を出し切ることができなかった。
52kg級 菅原教子
落ち着いた試合運びで、1、2回戦を一本勝ちで勝ち進んだ菅原。最初のやま場
と考えられていた、ベルデシア(キューバ)戦で慎重になりすぎ、思い切った技
が出せずに終了のブザーが鳴った。結果は3-0の判定で、相手の技にも全く効果がなかっただけに、悔いを残す結果となった。敗復、3位決定戦も相手を寄せつけなかった菅原にも、オリンピックの金メダルは遠いものであった。
7/26(金)競技最終日(60kg級、48kg級)
60kg級 野村忠宏
競技最終日、野村は長い調整期間にも焦ることなく、集中力を高めてきた。ここまでの戦いで、金1個と苦戦を強いられてきた日本男子、野村にかかる重圧は大きかった。その中で、最後まで自分の柔道をやり通した野村の精神力と闘志は、会場の多くの観衆をも味方にしたようであった。特に、事実上の決勝戦といえる昨年の世界チャンピョン、オジョギン(ロシア)との死闘は、今大会屈指の好試合であった。
48kg級 田村亮子
金メダルに一番近いといわれ、小さい体に日本の期待を一身に受けた田村、勝たなければならないというプレッシャ−と、滑りやすい畳にいつもの動きができなかった。それでも、担ぎ技を主体に一本勝で勝ち進んだが、決勝で立ちはだかったケ−・スンヒの臆することのない果敢な攻めについに力尽き、オリンピック2度目の決勝で、またしても涙を飲む結果となった。試合後、漏らした「私も人間です」という言葉に、YAWARAスマイルの内側で、プレッシャ−に耐えてきた彼女の素顔を見た気がした。
(講道館 M.M.)

|