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講道館柔道の歴史

講道館は、1882年(明治15年)に嘉納治五郎師範によって創設されました。

講道館発祥の地・永昌寺

講道館柔道の創始者、嘉納治五郎師範は少年時代から身体が弱くなんとか強くなりたいと柔術を修行しました。
はじめ天神真楊流柔術を、続いて起倒流柔術を学び、それぞれ奥義に達しましたが、他の流派にも興味をもち、研究に打ち込み、諸流のよさをとりいれ、さらに自らの創意と工夫を加えた技術体系を確立するとともに、理論面でも柔術の「柔よく剛を制す」の柔の理から「心身の力を最も有効に使用する」原理へと発展させ、新しい時代にふさわしい技術と理論を組み立てました。



「精力善用」「自他共栄」師範書

嘉納師範はこの原理を「精力善用」の標語で示し、これこそ柔道技術に一貫する原理であるとともに、社会生活すべてに於ても欠くことのできない重要な原理であることを明らかにしました。
そしてこの原理を実生活に生かすことによって、人間と社会の進歩と発展に貢献すること、すなわち「自他共栄」をその修行目的としなければならないと教えました。
主とするところは「術」ではなくこの原理と目的により自己完成をめざす「道」であるとして、術から道へと名をあらため、その道を講ずるところという意味で名づけられたのが「講道館」という名でした。



1932年ロサンジェルス五輪

嘉納師範はまた、国際オリンピック委員会会長クーベルタン男爵の要請により東洋初のオリンピック委員に就任、また大日本体育協会(現日本体育協会)を創設するなど、国内外において体育の奨励に尽力しました。
東京高等師範学校長時代には同校に体操科を設置し、青少年の身体を通しての教育のために体育指導者養成をはかりました。 このようなことから「日本体育の父」とも仰がれています。
師範は生涯において13回にもわたり外遊されましたが、その都度柔道の講演、実演をしてその紹介と普及につとめられました。


今では195の国と地域が国際柔道連盟に加盟し(平成18年現在)、世界の津々浦々で老若男女が柔道衣を身に着けて心身の鍛練に励んでいます。
同連盟の規約の第1条には「国際柔道連盟は嘉納治五郎によって創設された肉体と精神の教育体系を柔道と認める」と定められています。